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「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」
 公開当時、見にゆけぬまま終わってしまった作品でしたが、この度さる方の勧めもあり、漸く鑑賞の運びとなりました。

※ネタバレ



 主人公パイの出自や生活環境・信仰についてなどを順を追って丁寧に描くので前置きが長い印象ですが、漂流記が進むに連れ、それらのパーツに何ひとつとして弛みがないことに気づきます。どれがこれに繋がってゆくとか具体的な提示ができないのがもどかしいですが、そのくらい綿密に練り上げられた脚本なのかもしれません。

 小さい頃から様々な宗教に触れてきたパイが、此度の冒険(漂流)…壮大な旅路の果てに、自分にしっくりくるかみさまを見つけたのだろうと、病室のベッドで調査員に話して聞かせる時の瞳の深さを見て思いました。

 この聴取にて語られるふたつの物語は、いずれも真実。聴き手である作家が言うように、“箱舟”に乗り合わせた動物たちを、その性質と併せて実際の人間模様に巧みに置き換えて……いや、巧みなのではなく、身近だった動物たちをパイがそのような印象を持って眺めていたから、或いは、実際の情景であったとしてもいいかもしれません。

 ここのところ、どちらが果たして本当なのか読み方が幾通りかありそうですね。勧めてくれた方もどちらが真実なのかいまいち腑に落ちなかったそうですが、私はこう考えました。どちらも真実になり得るけれど、動物たちと一緒に過ごした方がパイにとってはより真実である、と。

 完全な野生ではなくても、ピュアで自然の摂理の近くにいる動物たちと過ごした方が、かみさまとか生命の神秘には近づけそうですし。それが前提になりますが、さも真実が実は別にありました風に語った方も、“箱舟”に乗り合わせた動物たちの中に、母やコックや船員を重ね合わせて生まれたものだとしたら……病室で調査員を納得させるためにした話も100%のでっち上げではなくなります。対人間になった分、生きるために命を頂く行為が卑劣に見えますが、やったことと起きたことは変わらないので。

 結局、神秘体験はたぶん当事者にしか感じるものがないのでしょう。だからトラと漂流して経験したことが、調査員には下らぬ絵空事にしか聞こえなかった。でもパイの深い目をみれば、ただ事でない神々しい何かに触れたのは明らかです。

 しかしこの物語において重要なのは、転覆事故の原因とか、パイの体験談の信憑性とかではないでしょう。この物語を単なる不思議に留めてはおかない、もっと崇高な、同時に根源的なものがあるはず。それが先にも書いた、かみさまを見つけた云々ということなのじゃないかと感じています。

 数多の宗教も生命も、目に見える形は千差万別。しかし極限においてはその根源・起源とかに立ち返り、それが本来の姿なのだと。系統樹の根っこが元を辿ればひとつであるように。

 信仰というので思い出されるのは、「100歳の少年と12通の手紙」でローズさんがいう言葉。“かみさまは言ってるよ、痛いけど辛くないって。信仰の恵みはそこにある”。ちょっとこれとパイとは繋がらないかもしれないけれど。

 食う食われるの緊張感はあっても、だんだんトラの存在さえ安らぎになって行ったみたいなモノローグがあったかと思います。そこにもう一種の信仰、心の支えみたいなものが芽生えていると思うのです。かみさまとして崇められているかみさまでなくても、かみさまに、或いはそれ相当の存在になり得ることもある、のかな?そんな風に感じました。

 あと、ひとつ気づいたこと。トラにしてもハイエナにしてもパイが魚をさばく場面にしても、肉を裂く画は直視させないのですね。やはり美談なの?(堂々巡り)
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2014/03/13 21:54
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